若本規夫さん講演会~機動隊時代
130th同志社EVE 若本規夫氏講演会 レポート
・機動隊時代
(司会 「その後、大学を卒業されて若本さんが機動隊をなさっていたというのも、有名なエピソードです。」)
若本
「まぁ…一応僕も法学部だったので、先輩の勧めもあってね。将来司法試験をと、考えていたんですけど。
で、大学院もちょっと目指していたこともあったんですが。
皆、就職活動もするでしょ? 三月の終わりぐらいからね。
で、もう四月になったら目の色を変えてた時に、僕はのんびりしていましてね。
ところがまぁ、ちょっと家庭の事情でそういう訳にもいかなくなり、稼がなきゃいけないような事情が出てきまして。
十月になって、ようやく就職活動。もう、ないんですよ。
で、慌ててゼミの先生に相談して、一社だけ受けたんです。まぁ…一次二次三次…取締役の面接まで行ってね。
八人ぐらい残って、行ったんですけど。若本のわ、ですから、何でも全部後回しなんでね。
で、受付の人にどれくらいかかるかぁ…って聞いたら、いや、三時間ぐらい大丈夫ですよと…。じゃあブラブラしまーすって。」
(司会 「面接前に?」)
「うん。…ビルの中を散策したんだね。働いている人たちのちょっとこう…見たりね、聞いたりしてね。
これから来るかもしれないなぁって思いながら。サラリーマン人生…。」
「で、そうこうする内に…段々…気持ちが萎えてきましてね。
それで、取って返してその受付の人に、やる気がなくなったとは言えないからね。
調子が悪くなったんで、帰りますからーって。
ぇぇえぇっ? って言う訳だね。えぇっ、まぁ、よろしく言っておいて下さいってね。帰ったんですよね。
その旨、就職部で言ったらどやされてね。もう、「そういうことをされては困る。お前は何をやりたいんだ?」と。何をやりたいのかねぇ~?何やりたいんですかね?」」(司会 「逆に聞き返してしまった、と?」)」(司会 「逆に聞き返してしまった、と?」)「そうそう。でも、何かあるだろ、って。いや、ちょっとね…ハラハラドキドキした仕事はないですかね? って。」(司会 「逆に聞き返してしまった、と?」)「そうそう。でも、何かあるだろ、って。いや、ちょっとね… って。『ハラハラドキドキ…そんなもん、今頃あるかよ』『いや、待てよ…』って。『ちょっと待てよ…お前の後ろを見てみろ』って。
ポスターが二つあったのよね。警視庁警察官募集ってのと…消防官募集とね。
『これはハラハラするぞー』消防官は僕は、近視ですからね。ちょっと、裸眼では無理。じゃあ、警視庁にしますかーって。
あの頃は警察官が足りなくて。毎月試験してたんですよ。毎月だよ!? いっぴ(一日)に。だから今度は…十二月一日だよ。ね?
もうすぐだ、って。慌てて書類出してね。試験受けて。まぁ…受かってね。
警察官の採用は、公安の調査がありますから、三ヶ月くらいしてから合格だって来まして。
四月一日に入校して。大卒はもうある程度、出来ているからって言うんで、半年…警察…中野学校行ってね。高卒は一年だよね。
警察学校の生活っていうのは、朝六時起床…十時就寝まで決められている訳、時間割がぜんっぶ、決められてるの。
こういう生活って言うのは、今思い出しても…あの頃は婦人警官なんていなかった。男だけの世界だから。
一期前に入った人は、高卒であろうが歳は関係なく、先輩ですから。道であったら…胸の棒線でわかるのね、昔の軍隊と同じですよ。
不動の姿勢で敬礼して。そんな生活をして。まぁ、これはこれで面白かったし、いい経験が出来たなと。
自分の人生の中でね。今でも核になっている。だから、少林寺と、この…缶詰状態の生活ね。
で、まぁ出たら、もうその頃は…学生紛争真っっっ只中でね。革マルだーなんだかの世界だから、即、特別予備機動隊に編入されて、その日から出動だよ。」
「10・21国際反戦デーってのがありましてね。これは紐解けば載ってますよ、10・21国際反戦デー。これは…新宿が無茶苦茶だったのね。
そこへ駆り出されてね。初めてゲバ棒と相対したからね。まぁ、こんな奴にね…六寸釘だよ、ばぁーっとぶち込んでいたけど…怖いもんだよ?
それから、石が…駅なんかにごろごろしてるから、ブンブンブンブン…ブゥーン! って。ブゥゥーーーン! って飛んで来るんだよね。
うーん、まぁ盾はあるけど、僕ら指揮官が『ひけーっって』言われないと、ひけないんですよ。警察官からは絶対に先に先制攻撃が出来ないからね。
だから、しばらく見て、『こいつとこいつとこいつを逮捕しろ』ってなったら、抑えにかかるんだよね。
だからまぁ、そんな生活とか…まぁ安田講堂は行かなかったです。そういう生活をして、一年いたんですよ。
で、その頃ちょっとね、こういう仕事やってくれないかな、っていう…仕事のオファーがあって。
今でもありますか、日本消費者連盟っていうね、消費者団体の事務局の創立メンバーになって事務局の仕事をして。
これもね、ちょっと…その代表委員の…経済企画庁から来た、偉いお方と…まぁ、大喧嘩しましてね。退めちゃった。
どうしようかなー、って。さてさて、もう組織はもういいなぁと思っていた所に、黒沢良さんっていう、昔ゲーリー・クーパーなんかの、声をやっていた人が電通の協力を得てテレビタレントセンターって所の中に、黒沢良アテレコ教室ってのを作るってのね。
それを見て、面白そうだなーって、なんにもわからないのよ? 芝居の事なんか。
で、応募して行ったんですよ。試験会場行ったら、たっくさん人がいてね。
それで、ちょっと受付の人に聞いて、何人ぐらい採るんですか? って。
二十人ぐらい…って、これはやめとこうと思って、帰ろうと思ったら、ちょっと可愛い子がいてね(笑)」
じゃ…まぁー、五千円払ったから、試しに受けてみようと。上と下に試験会場が分かれていてね。
六人、六人で、僕は上の会場に行ったんですよ。で、試験官が六人くらいいて、民放の局の人がいてね。
真ん中の人が、やけに僕の事を聞くんですよね。あれやこれ…、半年ほど仕事も出来ませんよ、とか。
それでまぁ、その人が結果的に言えば、ディレクターだったんだけど。その人だけが二重丸で…、他の人は全部バツですよ。
受かっちゃったんだね。
…そういうこと多いですよ。人生はね。…全部駄目でも、その人だけが○で、ばっと拾い上げられるのは、もう…ありますよ。
これから君たちの人生の中でもね。」
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